🍀数字に心
🍀税に愛
🍀人生には笑いと熱き想いを

営業時間:10:00~19:00 定休日: 土日祝

  1. ブログ
  2. 連続税務小説 ヤマゲン
 

ブログ

連続税務小説 ヤマゲン
2026/02/05
連続税務小説 ヤマゲン 第36話 「山頂で成立した仕訳」  

 ヤマゲンから電話があったのは、
 土曜の夕方だった。


 着信表示を見た瞬間、
 田中 恒一の胸が、
 どくん、と鳴った。


(……まさか)


 頭に浮かんだのは、
 エクセルで作った、
 あの架空の修理代請求書だった。


(もう、
 バレたんか……?)


 一瞬、
 指が止まる。

 だが、
 出ないわけにはいかない。


「……はい、田中です」


『田中さん』

 聞き慣れた声。


『明日、日曜ですやろ』

 拍子抜けするほど、
 軽い口調だった。


『前から言うてたやつです』

『金剛山、
 一緒に登りませんか』


 一瞬、
 頭が追いつかなかった。


 登山?

 山?

 税務の話でも、
 帳簿の話でもない。
 ましてや
 架空請求書の話でもない。

「……登山、ですか」

『せや』

『天気もええみたいやし』

『たまには
 体、動かしましょ』

 その言葉を聞いて、
 田中は、
 ようやく息を吐いた。


(……ちゃうんか)

(まだ、
 気付いてへんのか)

 
 胸の奥に溜まっていたものが、
 すっと下がる。

 
 だが同時に、
 別の感情が湧いた。

 
 安堵と、
 後ろめたさ。


「……分かりました」

「明日、
 よろしくお願いします」


 電話を切ったあと、
 田中は、
 しばらく受話器を見つめていた。

 
 逃げ切れたかもしれない。

 そう思った自分が、
 少しだけ、
 情けなかった。


 翌日の日曜日。
 朝。

 
  田中 恒一は、
 金剛山へと
 車を走らせていた。

 天気で言えば
 いわゆる
 絶好の登山日和。
 
 運転席に差し込む
 朝の光。
 
 潔白過ぎるほどの
 そのまぶしい光が
 田中を
 よりいっそう、
 影へと
 追いやる気がした。


 300万円。

 帳簿に載らない現金。
 架空請求書。

 そして、
 音信不通の麻里子。


(……ヤマゲンは、
 気付いてへんかも知れん)
(わざわざ、

 自分から言わんでも……)


 そんな考えが、
 何度も浮かんでは消える。


 逃げたい。

 だが、
 逃げ切れる気も、
 しなかった。


 金剛山、登山口。

 日差しに反して、
 朝の空気は、

 冷たかった。

 ヤマゲンは、
 すでに来ていた。

 登山慣れした服装。
 表情も軽い。

「お、田中さん、おはようさん」


「おはようございます」


 田中の声は、
 いつもより
 少し硬かった。


「ほな、
 行きましょか」

「絶好の、
 登山日和でっせ」


 ヤマゲンはそう言って、
 登山道の方を指さした。


 歩き始めは、

 まだ余裕があった。


 鳥の声。
 木々の匂い。


 だが、
 次第に傾斜がきつくなる。


 息が上がる。

 太ももが張る。


 田中の頭の中では、
 300万と麻里子が、
 何度も何度も
 行き来していた。


(なんで、
 あんなことを……)

(なんで、

 嘘でごまかそうと
 したんや)


 横を見ると、
 ヤマゲンは平然としている。

 息一つ乱れていない。


(この人、
 なんでこんなに
 体力あるんや……)


 山頂が近づくころ。

 田中は、
 完全にクタクタだった。


 息は荒く、
 足は重い。


 だが、
 ヤマゲンはピンピンしている。


「あー」

 ヤマゲンが言った。


「腹、減りましたなぁ」

「ちょうど昼ですし」

「山小屋、

 ありまっせ」


 金剛山、山頂。

 小さな山小屋があり、

 食堂が併設されていた。
 
 二人は、

 そのまま中に入った。


 田中は、
 椅子に座った瞬間、
 深く息を吐いた。


(今や)

(今、言わな)


 これ以上、
 この人に
 嘘を重ねたくなかった。


「ヤマゲンさん」

 田中は、
 意を決して口を開いた。

「実は……」


 その瞬間。

「田中さん」

 ヤマゲンが、
 さらっと言った。

「どっちでっか?」

(……え?)
田中は、

言葉を飲み込んだ。

「せやから」
「うどん」

「きつねと、たぬき」
「どっちにします?」

 (……え、うどん?)

「あ、あぁ……」
 田中はひと呼吸おいて、
「きつね」とつぶやいた。

「おねーちゃーん」

 ヤマゲンが声を張る。

「きつねうどん、
 2つな!」


 ほどなくして。

「おまたせしました」

 女性店員が、
 盆を持って現れた。
 
 田中は、

 なにげなく顔を上げる。


 ――そして、
 凍りついた。


 麻里子だった。


「……な」

「なんで……」

「こんなとこに……」

 声が震えた。


 麻里子は、
 にやりと笑った。


「田中さん」


「女のあんな言葉に
 騙されたら
 アカンで」


 そう言って、
 田中のうどんの横に
 封筒を置いた。


 ずしり。

 中身は、

 分かっていた。

 300万円。


「ど、どういうことやねん……」

 田中の頭は、
 完全に追いついていなかった。


 そのとき。

 ヤマゲンが、
 ぽつりと言った。


「300万の
 事業主貸が」

 うどんを一口すすり、

「事業主借として
 帰ってきましたな」


 田中は、
 何も言えなかった。


 ただ、

 湯気の立つうどんと、
 麻里子と、
 封筒と、
 何事もなかったかのように
 箸を動かすヤマゲンを
 見ているしかなかった。


 金剛山、山頂。

 田中の人生は、
 この日、
 静かに、
 しかし確実に、
 向きを変え始めていた。


連続税務小説 ヤマゲン
2026/02/04
連続税務小説 ヤマゲン 第35話「その請求書は、誰が作った?」  

 数日後。

 クラブ・リバプールに行っても、
 麻里子はいなかった。

「今日はお休みです」

 そう言われた。


 翌日も。
 その翌日も。


 電話は、
 つながらない。


 メッセージは、
 既読にならない。


 田中 恒一は、
 工場の隅で、
 一人、立ち尽くしていた。


 消えた。


 そう思った瞬間、
 胃の奥が、
 きゅっと縮んだ。


 300万円。

 現金。

 帳簿に載らない金。


「……どうしよう」


 誰にも言えない。


 妻には、
 絶対に無理だ。


 ヤマゲンにも、
 言えるわけがない。


 そのとき、
 ふと、
 頭に浮かんだ。


 機械の修理代。


 最近、
 調子の悪い設備は、
 確かにある。


 修理したことにすればいい。

 請求書と領収書さえ、
 あれば。


「……修理したかどうかなんて、
 妻には分からん」


「ヤマゲンにも……
 分からへんやろ」


 そう思いたかった。


 田中は、
 パソコンを立ち上げた。


 エクセル。

 白い画面。


 カーソルが、
 点滅する。


「……そうや」

「そうしよ」

 誰に言うでもなく、
 つぶやいた。


 数日後。

 ヤマゲンの税理士事務所。

 午後の静かな時間。


「なっちゃん」


 ヤマゲンが、
 書類から目を離さずに言った。


「気ぃついたら、
 もう一か月やな」


「ほんまや」


 夏美は、
 少し照れたように笑った。


 正直、
 ヤマゲンは思っていた。

 一週間も持たんやろ。


 だが、
 夏美は意外と続いていた。

 コピーも、

 ファイル整理も、
 雑用も。

 そして何より、
 数字の飲み込みが早い。

 それもそのはず。

 夏美は、
 大学の商学部に在籍中、
 簿記2級の資格を

 取っていたのだ。



「なっちゃん」

 ヤマゲンは、
 ふと顔を上げた。

「外、出てみるか」


「え?」


「顧問先回りや」

 夏美は、
 一瞬、目を丸くした。


「いきなり
 大きい会社は無理やからな」

「個人事業のとこ」

「……田中さんの工場くらいが、
 ちょうどええ」


 ヤマゲンは、
 そう言って、
 軽く笑った。


「真面目な人や」

「接しやすいで」


 翌日。

 町工場。

 夏美は、
 少し緊張した面持ちで、
 帳簿を開いていた。


 請求書。
 領収書。
 現金出納帳。
 銀行通帳。


 一つずつ、
 照合していく。


 そのとき。

 300万円。

 修理代。


 金額が、
 目に留まった。


(……高っ!)


 思わず、
 顔を上げる。


 工場の奥で、
 田中が作業をしている。

「田中さん」


 夏美は、
 声をかけた。


「機械の修理代って
 高いもんなんですね」


「あー、それなぁ」


 田中は、
 笑って手を止めた。


「ほんま、
 困ったもんや」

 それだけ。


 そのとき。

 夏美の視界に、
 ふと、
 田中のパソコンの画面が入った。

 
 開かれているのは、
 エクセル。


 請求書。


(……あれ?)

 一瞬、
 思考が止まる。


(売上の請求書なら、
 自分で作る)

(でも……)

(修理代の請求書は、
 相手が出すもの

(なんでそれが……
 エクセルの状態で
 田中さんのパソコンに?)


 胸の奥に、
 小さな違和感が残った。


 夏美は、
 何も言わなかった。


 ただ、
 請求書に書かれた
 業者名。
 住所。
 電話番号。


 そして、

 インボイス番号。


 そっと、
 メモをした。
 
 簿記のことは
 多少分かっても、
 税法に関しては
 まださっぱり分からない
 夏美であった。


 しかし、
 インボイス番号が、
 消費税の関係で
 どうやら重要な番号であることは
 なんとなく分かっていた。

 分かっていた、
 というよりも、
 正しく言えば、
 いつも源太郎が
 「インボイス、インボイス」と
 顧問先に対して
 言っている光景が
 記憶に残っていた。


 源太郎の事務所。

 夕方。


「どうやった?」

 源太郎が聞いた。
「田中さんの工場」

「親切にしてくれはったか?」


「うん」

 夏美は、
 少し間を置いて言った。

「……でも」

「ちょっと、
 気になることがあって」


 説明を聞いた源太郎の表情が、
 ゆっくりと変わる。

「……ほう」


 パソコンを立ち上げる。

 国税庁の
 インボイス番号検索サイト。

 夏美が控えてきた番号を、
 打ち込む。


 該当なし。


 住所。
 社名。
 電話番号。

 
 どれも、
 存在しなかった。 


 ヤマゲンは、
 画面を見つめたまま、
 小さく息を吐いた。

「……田中さん」


 低く、
 つぶやく。


やりよったな……


 そして、
 一瞬だけ、
 目を閉じた。


「……せやけど」

 ポツリと続ける。


なんでや

 

 その答えが、
 重たいものであることを、
 このときのヤマゲンは、
 もう、
 分かっていた。



「なっちゃん……」

「田中さんに、電話や」
「アポ、取って」

 夏美は、
 ただならぬ空気を感じた。

連続税務小説 ヤマゲン
2026/02/03
連続税務小説 ヤマゲン 第34話 「夜のカネと、昼の帳簿と、そして」  

 夜。
 工場のシャッターを下ろしたあと、
 田中 恒一は、車を市内へ走らせた。

 
 家とは逆方向。
 ハンドルを握る手に、

 少しだけ力が入る。


 その店は、
 派手ではない。


 看板も控えめで、
 入口はどこか落ち着いている。


 クラブ・リバプール


 田中が、
 ここに通うようになったのは、
 いつからだっただろう。


「いらっしゃいませ」
「お待ちしてました」

 柔らかい声。


 彼女は微笑んだ。

 年は、
 田中よりずっと若い。

 でも、
 話し方は大人びていて、
 どこか影があった。

「今日もお仕事、大変でした?」

 その一言で、
 胸の奥が、
 すっと軽くなる。

「麻里子ちゃんの顔を見たら
 ホッとするわ」

「うれしい!」
「わたしも
 田中さんの顔見たら
 なんだか安心しちゃうな」

 社交辞令だと
 分かっている。

 しかし、
 一日中機械を回し、
 疲れた体だと
 分かっていても、
 熱い血潮が
 否応なしに
 頚椎から込み上げてくる。
 やや心拍数が上がる。

「田中さん、
 ボトルあと少しやから
 新しいの、イイよね?」

 うん、と田中がうなずくと
 麻里子は
「お願いしまーす」と
 ボーイを呼んだ。


 家では、
 弱音は吐かない。

 工場では、
 迷いを見せない。

 でも、
 ここでは違った。

 
 彼女は、
 田中の話を、
 否定せずに聞いた。

 
 それだけで、
 十分だった。


 最初は、
 得意先の社長に
 連れてきてもらったのが
 きっかけだった。
 
 そして、
 何度か
 連れてきてもらううち、
 馴染みの女の子も増えてき、
 自ずと
 通う回数は、
 増えていった。

 ボトル。
 麻里子。
 指名。
 同伴。

 財布は、
 軽くなっていく。


 家では、
 妻が不思議そうに言った。

「最近、
 まとまったお金、
 ちょこちょこ無くなってへん?」


「……そうか?」
「機械も
 結構、
 修理代とか
 消耗品とか
 かかるからなぁ」

 田中は、
 目を合わせなかった。


 ある夜。
 クラブ・リバプール。
 

 麻里子は、
 珍しく、
 深刻な
 顔を見せた。

「どないしたん、
 麻里子ちゃん?」

「えらい今日は
 "お澄ましさん"やん」
 

「……実は」

 声を落とす。


「ちょっと、
 困ってて」

「なんや?
 変な男にでも
 言い寄られてるんか?」
 
「それは、あらへんよ」
 麻里子は
 少しだけ表情を緩めた。

「わたし、
 田中さん以上に
 優しい人、
 おらへんと思ってるもん」

「あー、よかった、
 麻里子ちゃんは
 オレのもんやからなぁ」
 
 水割りの氷が
 白々しく
 カラリ、
 と音を立てる。

「実は・・・」
 と言うと、
 麻里子は
 田中の耳元に、
 その艷やかな
 グロスで覆われた
 唇を
 近づけた。
 
 麻里子の
 体温が
 吐息を通して
 田中の耳に伝わる。

「ママには・・・
 絶対に、
 言わんといて欲しいの」
 

 話は、
 よくあるものだった。


 田舎で一人暮らしの父親。
 入院。
 手術。
 自分は一人娘。

 これまで
 昼の仕事と夜の仕事を
 掛け持ちして、
 なんとか
 仕送りをしてきたこと。

 田中は、
 黙って聞いていた。

 なんとなく
 先の言葉も
 予想できた。

 しかし、
 目を潤ませながら
 少し紅潮した表情の
 麻里子を
 見ていると
 真剣な彼女には
 申し訳ないが、
 改めて
 「いい女」だと思った。
 
 水割りが
 心地よく回る。
  


 その数字は、
 田中の年商の中で
 決して小さくはなかった。

「300万、いるんです」

 カラン、と
 グラスが鳴り、
 

 数字が、
 頭の中で反響した。

 工場の設備。
 税金。
 運転資金。
 

 瞬時に、
 いろんなものが、
 よぎる。

 しかし、
 麻里子の
 その目を見た瞬間、
 田中は
 考えることをやめた。


「……分かった」

 その一言で、
 彼女は、
 涙を浮かべた。


 翌日。
 現金。

 帳簿には、
 載らない金。

 
 理由の説明も、
 できない金。

 
 今日は休みだという
 麻里子と
 夜に待ち合わせた。

 そして、
 二人は、
 長い時間を過ごした。

 
 それ以上のことは、
 田中の記憶の中だけに、
 残った。


 ヤマゲンの税理士事務所。

 午後。

 来客中だった。


 机の向こうには、
 別の顧問先の社長。

 数字の話をしている最中だった。

 そのとき。

 ドアが、
 勢いよく開いた。


源太郎おじさーん!


 やけに明るい声。

 場の空気が、
 一瞬で止まった。


「こらっ!」

 ヤマゲンが、
 思わず声を荒げる。


来客中や!

 社長が、
 目を丸くした。


「あっ」

 若い女性は、
 ぴたりと止まる。


 そして次の瞬間、
 ぺろっと舌を出した。


「ごめんなさい」

 ぺこりと

 頭を下げる。


 ヤマゲンは、
 額を押さえた。


「……まったく」

 社長に向き直る。


「すんません。
 身内でして」


 社長は、
 苦笑いした。


「いえ……
 お元気ですね」


 面談が終わり、
 社長が帰ったあと。

 ヤマゲンは、
 改めて彼女を見た。


「……で?」

ヤマゲンは
イチゴポッキーを
1本つまみ出した。

「なっちゃん、何しに来たんや?」


「今日からです!」

 彼女は、
 さも当然のように言う。

「お世話になります!」

「誰が決めた?」

「お母さん!!」

 即答だった。


 ヤマゲンは、
 深くため息をついた。


 姉の顔が、
 頭に浮かぶ。


 また勝手に決めよって……

「源太郎おじさん、
 ひょっとして
 お母さんから
 なんも聞いてへんの?」

 姉からは
 そう言えば
 しばらく前に
 電話があった。
 
 娘の夏美が

 大学を卒業したものの、
 就職浪人になったので
 半年でもいいから
 面倒を見てやって欲しい、
 と。

 姉は、
 よりによって
 忙しい確定申告期間中に
 電話をよこしたものだから
 源太郎は
 適当に
 話を聞いていたのだった。
  

「そういえば、聞いとる、お母さんから」

「良かった!」
「もし、勝手に来てたら、
 わたし、KYやんもんね!」

「なんやねん、ケーワイって」
「大阪で有名なとんかつ屋か?」

「源太郎おじさん、相変わらず面白なぁ」
 アハハと夏美は笑った。

 夏美が小さい頃、
 源太郎は
 よく遊んでやったものだ。
 
 その頃の
 表情と
 何も変わっていない。
 
 そう言えば、
 姉も
 夏美と全く同じ
 笑い方をする。
 
 なんとなく、
 夏美を見ていると
 姉が思い出された。

 久しく会っていない。

(元気にしてるんやろうか・・・)
 
 すると突然、
 夏美は
 姿勢を正し、
 凛とした表情を
 源太郎に見せた。
 
「改めまして、
 就職浪人中の
 一条 夏美です」


「分かっとるわ・・・」

「今日から、
 よろしくお願いします!」


「しゃーないなぁ・・・」


 と言う源太郎の言葉に
 重ねるように
 夏美は言った。


「ところで、源太郎おじさん」

「わたしの名刺は?」


 そんなものはマダだと
 源太郎は首を横に振った。

「えー、

 入社日やのに
 名刺も用意してくれてへんの?!」

「……明日にでも発注しといたるわ」


 ヤマゲンは、
 内心で思った。

 どうせ一週間もしたら、
 飽きて辞めるだろう。


 だから、
 明日も
 発注するつもりはない。


「とりあえず、なっちゃん・・・」

 ヤマゲンは言った。

「今日は
 コピーと
 ファイル整理」


 源太郎がそう言うと、
 夏美は

「はい!」
 と元気に返事をした。

 そして、
 キョロキョロと
 事務所の中を見回している。

「へえー」

「ここが、
 源太郎おじさんの職場なんや」


「感想はいらん」

「えー」


 源太郎は、
 小さく首を振った。


 やれやれ。

 面倒なことが、一つ増えた。


連続税務小説 ヤマゲン
2026/02/02
連続税務小説 ヤマゲン 第33話 「法人にしたら、税金は本当に安くなるのか?」  

 大和源太郎税理士の事務所。
 午後の静かな時間。

 エアコンの音だけが、
 低く響いている。
 

 机の上には、
 見慣れた試算表が一枚。

 そして、
 もう一枚。


 田中は、
 その二枚を見比べていた。


「……これ」

 思わず、声が漏れた。


「同じ数字、
 ですよね?」


「ええ」

 ヤマゲンは、
 あっさり言った。


同じ売上、
 同じ利益

 です」


「左が今」


「右が、
 法人にした場合」


 田中は、
 数字を追った。


 売上。
 経費。
 利益。

 そして、
 税金。


「……あれ?」

 眉をひそめる。


思ってたほど、
 変わらへん

 ですね」


 ヤマゲンは、
 何も言わない。


 イチゴポッキーを一本、
 袋から出す。


「法人=税金が安い」という思い込み


「田中さん」

 ポッキーを机に置いたまま、
 ヤマゲンは言った。


法人にしたら
 税金が安なる


「この話な」

 少し笑う。


半分、ウソです


 田中は、
 思わず顔を上げた。


「確かに」

 ヤマゲンは続ける。

「所得が大きくなったら」

「個人の
 累進課税より」

「法人税の方が
 率は低くなる


「でもな」

 イチゴポッキーを一本立てる。


そこだけ見たら
 危ない


法人にすると「必ず増えるもの」


「まず」

税金の種類が増えます

 ヤマゲンは、
 指を折りながら言った。


「法人税」

「法人住民税」

「事業税」


「それに」

 少し間を置く。

均等割な

 田中は、
 首を傾げた。

「個人事業の
 田中さんは
 知らんで
 当然や」
  

「法人になったら・・・」
「赤字の年でも」

必ず払わんとアカン
 均等割っちゅう税金

 があるんですわ」


 田中は、
 小さく息を吐いた。



社会保険という「もう一つの税金」


「それから」
 ヤマゲンは、

 少し声を落とした。


社会保険


 田中の表情が、
 引き締まる。


「法人になったら」

「原則、
 加入です」


「社長一人でも」

「会社と個人で
 半分ずつ」

毎月、

 固定で出ていきます

「売上落ちても
 関係ありません」


 田中は、
 無言になった。


「税金だけ」で比べると、見誤る


「ここまで聞いて」

 ヤマゲンは、
 田中を見る。


「法人の方が
 安いと思います?」


 田中は少し言葉に詰まる。

「……正直、
 微妙ですね」

「それが、
 普通の答えです」

 
 ヤマゲンは、
 即答した。


それでも「法人に向いている人」


「せやけどな」

 ここで、
 話を切り替える。


法人にした方が
 ええ人

 は、
 確実におる」


 田中は、
 顔を上げた。


「それは・・・」


「利益を
 全部使い切らへん人」

「会社に
 お金を残したい人」

「人を雇う予定がある人」

「自分が
 現場から
 少しずつ
 離れたい人」

「そして・・・」
税金の安さ
 より」

 はっきり言う。

使い方
 が変わる人です」


 田中は、
 自分を振り返った。


 今は、
 稼いだ分を
 ほぼ生活に回している。


 会社に
 残す余裕は、
 正直まだ少ない。


ヤマゲンの結論(今日の時点)

 ヤマゲンは、
 ポッキーをかじった。

 カリッ。


「田中さん」

「今日の数字見て」

法人にしたら
 得か損か

 を決める必要は
 ありません」


「決めるのは」

 少しだけ、
 声を柔らげる。


この先、
 どう働きたいか

 です」


「税金は」

「その結果として
 ついてくるだけ」


 田中は、
 深く息を吐いた。

 頭の中で、
 「法人=節税」
 という単純な図式が、
 崩れていく。


「ヤマゲンさん」

「……法人化って」


「数字見る前に
 決めたら
 あかんですね」


「当たり前です」

 ヤマゲンは、
 イチゴ柄のネクタイを整えた。


数字見ずに作る会社ほど、
 長持ちせえへん


 事務所を出たあと。

 田中は、
 少し足取りが重かった。

 
 でも、
 不思議と後悔はなかった。

 
 安くなるかどうか。

 その問いは、
 もうどうでもよかった。


 代わりに残ったのは、
 もっと本質的な疑問。

 
 この仕事を、
 どんな形で
 続けたいのか。



連続税務小説 ヤマゲン
2026/02/01
連続税務小説 ヤマゲン 第32話 「法人にした方がトクなんですか?」  

 昼過ぎ。

 町工場に差し込む日差しが、
 以前より少し強く感じられた。


 機械の音は止まらない。
 注文も、
 問い合わせも、
 確実に増えている。


 田中 恒一は、
 作業台に腰を下ろし、
 汗をぬぐった。


 悪くない。
 むしろ、
 順調だ。


 最近、
 周りの声が変わってきた。


「田中さんとこ、
 だいぶ儲かってきてるやろ」


「そろそろ、
 法人にした方が
 ええんちゃう?」


 取引先。
 同業者。
 昔からの知り合い。


「法人にしたら
 信用ちゃうで」


「株式会社ってだけで
 見られ方、変わる」


 そんな言葉が、
 妙に引っかかった。


 夜。
 帳簿を閉じたあと、

 田中は天井を見た。


「……法人にした方が、
 トクなんかな」


 税金。
 信用。
 周りの評価。

 頭の中で、
 整理がつかない。


 翌日。
 ヤマゲンの事務所。


 イチゴ柄のネクタイは、
 今日も控えめだ。


 机の上には、
 試算表。


 田中は、
 少し照れくさそうに切り出した。


「ヤマゲンさん」

「最近、
 よう言われるんですわ」


「“儲かってきたら
 法人にした方がええ”
 って」

「信用も上がる、
 言われまして」


 ヤマゲンは、
 すぐには答えなかった。

 イチゴポッキーを一本、
 袋から取り出す。


「田中さん」

 静かに言った。


それ、
 半分は正解です


 田中は、
 少し身を乗り出した。


「法人=信用が上がる」は本当か


「確かにな」

 ヤマゲンは、
 淡々と言う。


「法人の方が
 社会的な信用
 は上がります」


「銀行」

「大手の取引先」

「新規の企業」


個人事業より
 法人の方が
 話が早い

 場面は多い」


 田中は、
 ゆっくりうなずいた。

 実感があった。


「でもな」

 ヤマゲンは、

 ここで一度、言葉を切った。


“法人”と一口に言うても、
 中身はピンキリです

 ポッキーを
 指でくるりと回す。


今は「1円」で会社が作れる時代


「今な」

「資本金、
 1円でも
 会社は作れます


「極端な話・・・

 個人事業と
 何も変わらん規模の
 スモール法人
 山ほどあります」


 田中は、
 少し驚いた。


「じゃあ、
 法人やからって
 全部が信用される
 わけやないんですね」


「そのとおり」

 即答だった。


「法人=安定」ではない現実


「もう一個」

 ヤマゲンは、
 声を少し落とした。


「これ、
 あんまり
 言われへん話ですけど」


法人作っても、
 5年持たん会社、
 めちゃくちゃ多い


 田中は、
 言葉を失った。


「個人事業より
 早よ潰れるケースも
 あります」


「理由は単純でな」

会社にしただけで、

 中身が変わってへん
 からです」


ヤマゲンの核心


「田中さん」

 ヤマゲンは、
 はっきり言った。


「法人化ってな」

税金の話だけでも

信用の話だけでも

肩書きの話でも
 ありません」


中身が追いついてへん法人
 ほど、しんどいもんはない」


「固定費は増える」

「責任も増える」

「やめたくても
 簡単には
 やめられへん」


 田中は、
 腕を組んだ。


 確かに、
 最近は忙しい。

 でも、
 人は増えていない。

 全部、
 自分が回している。


「ヤマゲンさん」

 田中が、
 ゆっくり言った。


「……法人にしたら、
 楽になると思ってました」


「ほぼ、逆ですわ」

 ヤマゲンは、苦笑した。


「それでも法人化を考える意味」


「せやけどな」

 ヤマゲンは、
 少しだけ表情を和らげた。


それでも法人化を考え始めた
 ってこと自体は」

「悪いことやない」


「それはな」

今のやり方の限界
 が、
 見え始めてる証拠や」

 

 田中は、
 ハッとした。


「次はな」

 ヤマゲンは、
 軽く笑った。


数字で見ましょ


「今のまま個人で行ったら
 どうなるか」

「法人にしたら
 どう変わるか」

「税金だけやなく」

働き方も
 責任も
 全部込みで

 ポッキーをかじる。

 カリッ。


 帰り道。

 田中の頭の中から、

 「法人にしたらトク」
 という言葉が、
 少し薄れていた。


 代わりに残ったのは、
 もっと重たい問い。


 自分は、
 この先
 どこまでやりたいのか。


 法人化は、
 まだ決断じゃない。

 でも、
 避けて通れないテーマに
 なった。

1  2  3  >  >>

 竹岡税務会計事務所 

経営が見えない!を数字でクリアに。

まずは、お気軽に無料相談を。

電話番号:090-7499-8552

営業時間:10:00~19:00

定休日 : 土日祝

所在地 : 大阪府富田林市須賀1-19-17  事務所概要はこちら

お問い合わせ