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連続税務小説 ヤマゲン 「エピローグ」

2026/04/10
連続税務小説 ヤマゲン 「エピローグ」

 

「なんでこんな日に限って、渋滞やねん」

 

 大雨。

 

 タクシー乗り場も長蛇の列であったが、

 道路も、ぴくりとも動かない。

 

 源太郎は、

 何度も腕時計を見返した。

 

「悪いけど、急いでくれへんか」

 

 運転手は、

 困ったような素振りを見せた。

 

「もうええ、ここで降りる」

 

 ドアを開けて、外に出る。

 

 傘を差したが、

 足元がもたつく。

 

「……めんどくさ」

 

 そう言うと、

 傘を放り投げた。

 

 雨の中を、走る。

 

 息が上がる。

 靴が、水を含む。

 

 それでも、止まらない。

 

 ――間に合えよ。




 式場に着いたのは、

 開始の五分前だった。

 

 頭も、礼服も、

 びしょ濡れだ。

 

 親族控室に入ると、

 姉が驚いた顔をした。

 

「あんた、びしょ濡れやないの!」

 

「しゃーないがな。

 渋滞やったから、途中から走ってきたんや」


「傘は持ってへんかったの?」

「走るのに邪魔やから、ほってきた」

「あんたは、相変わらずやなぁ」


 その様子を見ていた式場スタッフが、

 タオルを差し出す。

 

 源太郎は、

 乱暴に頭を拭いた。

 

「……間に合ったか?」

 

「ギリギリやけどね」

 

 姉は、少し笑った。

 

「ちゃんと、エスコートしてあげてや」

 

 その一言に、

 源太郎は手を止めた。

 

 少しだけ、間があく。

 

「……分かっとる」

 

 短く、そう答えた。

 

 廊下に出る。

 

 雨の音が、

 遠くなっていく。

 

 代わりに、

 静かな鐘の音が聞こえてきた。

 

 花嫁控室の前で、

 足を止めた。

 

 一度、深く息を吸う。

 

 軽くノックをする。

 

「入ってええか」

 

 中から、

 「どうぞ」と声がした。

 

 扉を開ける。

 

 白いドレス姿の夏美が、

 鏡の前に立っていた。

 

 その姿を見て、

 一瞬、言葉が出なかった。

 

 夏美が、

 鏡越しに気づいて、振り返る。

 

「……頭、ボサボサじゃない」

 

「うるさい」

 

 ぶっきらぼうに返す。

 

 少しだけ、

 視線を逸らした。

 

 ふと、目が合う。

 

 夏美が、

 小さく笑った。

 

「ちゃんと来てくれたんだ」

 

「当たり前や」

 

 短いやり取りのあと、

 間があく。

 

「なっちゃん、あのな…」


「ん?」

「えーっとな…」

「なによ、改まって」

 夏美は、微笑んだ。

 こういうときに限って、
 適当な言葉が出てこない。

「要するに…」

「おめでとうさん」

「え、おじさん、照れてる?」

「あほか」

 そろそろお時間です、と
 スタッフが声を掛ける。

 源太郎は、

 ゆっくりと手を差し出した。

 

「……いくで」

 

 夏美は、

 静かに頷いた。

 

 その手を取る。

 

 二人は、

 並んで部屋を出た。

 

 扉が開く。

 

 光が差し込む。

 

 一歩。

 

 また一歩。

 

 足音が、静かに重なる。

 

 歩幅が、

 少しずつ揃っていく。

 

 そのまま、

 まっすぐ前へ。

 

 ――ああ。

 

 ここまで来たんやな。

 

 源太郎は、

 そう思った。

 

 夏美は、

 前を向いたまま、

 ほんの少しだけ、声を落とした。

 

「……ありがとう」

 

 その声が、

 誰に向けられたものかは、

 分からなかった。

 

 けれど。


 それで、十分だった。



 人は、

 ひとりでは生きていけない。

 

 けれど、

 誰かの力で、ここまで来れる。

 

 そしてまた、

 誰かの背中を、そっと押していく。



 連続税務小説ヤマゲン (完) 

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