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連続税務小説 ヤマゲン 第50話 「時間」

2026/02/19
連続税務小説 ヤマゲン 第50話 「時間」

 在庫の話が終わった日の午後。

 

 工場の奥。

 低く唸る旋盤の音。

 

 ヤマゲンは、一台の機械の前で立ち止まった。

 

「これ、何年使っとる?」

 

「6年目です」

 

「あと、何年使うつもりや?」

 

「……十年は、使いたいです」

 

 一拍。

 

「ほな、この機械はな」

 

 ヤマゲンは、鉄の表面にそっと触れた。

 

「十年かけて、少しずつ消えていく」

 

 田中が黙る。

 

「固定資産っちゅうのはな」

 

「カネやない」

 

「時間を買っとるんや」

 

 旋盤が止まり、静寂が落ちる。

 

「でも先生」

 

 夏美が口を開く。

 

「そもそも、どこからが固定資産なんですか?」

 

 ヤマゲンがうなずく。

 

「ええ質問や」

 

「まず、“一年超使うもの”」

 

「でも、それやと個人差がある」

 

「そやから、取得金額基準が原則や」

 

「つまり、十万円以上」

 

 田中が眉を寄せる。

 

「十万未満は?」

 

「消耗品費で落としてええ」

 

 夏美が続ける。

 

「じゃあ、買った値段が十万円以上なら、

 固定資産になるんですね」

 

「話は、もうちょい複雑や」

 

「基本は、十万円以上。

 金額判定は、

 税抜経理方式か、

 税込経理方式か、

 それは会社によって異なる」

 

「うちはどっちですか?」

 田中が尋ねる。

 

「田中さんとこは、

 税込経理方式や」

 

「事業規模が小さいうちは、

 税込経理方式の方が

 分かりやすいからな」

 

「十万円以上、二十万未満なら、

 三年均等償却、

 という選択肢もある」

 

「これを、

 一括償却資産というんやけど、

 名前だけで覚えたら、

 即時償却と混同しがちやから、

 注意せんとアカン」

 

「次に、

 十万円以上、三十万円未満なら、

 青色申告が条件やけど、

 即時償却してもええ」

 

「但し、

 2026年4月以降は、

 十万円以上、40万円未満に緩和される。

 物価高やからな」


「ということは、
 田中さんの場合、
 税込経理方式だから、
 税込で三十万円以上の機械とかを買ったら、
 固定資産になって、
 減価償却ってことですね」

「うん、なっちゃん、
 そういうことや」

「そやけど、三十万未満の特例は、
 300万が天井やから、
 そこは気を付けなあかん」

「40万円未満に緩和されても、
 天井の300万は変わらん」

「減価償却ですが、
 何年間で落とすかの判断は」
 と、田中。

「それは、
 税務署が決めた"法定耐用年数"
 ってのがある。
 自動車を買った場合、
 普通車なら6年、
 軽自動車なら4年、
 っていう具合で」

「なるほど」

「中古資産を買った場合は、
 耐用年数は短縮化される」

「じゃあ、中古の方が、
 早く経費化できるんですね」

「せやけどな」

 

 一拍。

 

「減価償却は、
 利益をいじるために使う制度やない」

 

「仕事を続けるための制度や」

 

 ヤマゲンは紙に式を書く。

 

 取得価額 ÷ 耐用年数 = 年間償却費(定額法)

 

「これが定額法」

 

「毎年、同じ額を落とす」

 

「定率法は最初に多く、あとで少なく」

 

「最初に選択せなあかん」

 

「途中で気分で変えられへん」

 

 夏美が言う。

 

「減価償却って、

 経費なのにお金は出ていかないですよね?」

 

「そうや」

 

「厳密には、

 カネは払うけど、

 カネを払うタイミングと、

 減価償却費という

 経費が発生するタイミングが、

 異なる」

 

「買った時に、

 手持ちのカネで全額払う場合もあれば、

 分割払いの場合もある」

 

「せやからな」

 

「資金繰りを見る時は、

 そこのズレを、

 補正して考えへんとアカン」

 

 余談やけど、と

 ヤマゲンは続けた。

 

「固定資産って考え方は、

 イギリスの産業革命で

 生まれたと言われとる」

 

「産業革命を支えたのは機械や。

 機械は長く使える。

 それやったら、

 会計の面も、

 複数年で経費化していかんと、

 辻褄が合わんってことや」

 

「もっと言うたら、

 会計の決算期も、

 元々は、

 大航海時代の、

 一航海が決算期間や」

 

「ロマンですね」

 

 田中がつぶやく。

 

「そうや、

 何事も、

 背景となる歴史がある。

 それは人が歩んできた歴史や。

 そこを知っているかどうかで、

 数字への理解は大きく変わる」

 

 夏美が挟む。

 

「そう言えば、先生、

 税法の元は民法で、

 民法の元は常識で、

 常識の元は、

 人の暮らしや、

 っておっしゃってましたもんね」

 

「なっちゃん、

 よう覚えとるな、

 そのとおりや」

 

「ええか、田中さん。

 税法はとにかくややこしい。

 国が搾取するイメージもある。

 実際、そんな部分もあるかも知れん。

 せやけど、ベースとなるのは、

 人が考え、歩んできた歴史や。

 そんな時間の流れが、

 特に減価償却というルールには

 顕著に垣間見れるんや」

 

 田中は機械を見つめる。

 

   五年前、借入で買った。

 

 まだ返済は続いている。

 

「借入は、カネの流れ」

 

「減価償却は、時間の流れ」

 

「ここをごっちゃにしたらあかん」

 

 静寂。

 

 そのとき。

 

 ヤマゲンは、ポケットをごそごそと探った。

 

「……先生?」

 

 夏美が首をかしげる。

 

 取り出したのは、小さな箱。

 

 イチゴポッキー。

 

「時間の話はな」

 

 一本取り出す。

 

「ちょっと糖分が要る」

 

 ポキッ。

 

 軽い音。

 

「これもな」

 

 半分に折って、夏美に渡す。

 

「一気に食うたら終わりや」

 

「でも、ゆっくり食うたら、長持ちする」

 

 田中が苦笑する。

 

「機械も同じや」

 

「雑に使ったら早よ終わる」

 

「丁寧に使えば、長持ちする」

 

 ヤマゲンは、残りを口に入れた。

 

「時間は、使い方次第や」

 

 甘さが、静かな工場に溶ける。

 

「法人化する、っちゅうことはな」

 

「時間を背負うっちゅうことや」

 

「来年も、その次も」

 

「設備を維持する覚悟や」

 

 田中は、機械に触れた。

 

 冷たい。

 重い。

 そして確実に、時間が刻まれている。

 

 土台は、現金。

 流れは、預金。

 信用は、売掛金。

 見えない利益は、在庫。

 

 そして――

 

 未来を刻むのは、固定資産。

 

 時間は減っていく。

 

 だが。

 

「どう刻むかは、

 田中さん――社長次第や。」

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