午後。
夏美は、
小さな町工場の前に立っていた。
看板には
松井製作所
と書かれている。
シャッターは半分開き、
中から機械の低い音が聞こえる。
油の匂いが、
ふわりと外に流れてきた。
夏美は声をかける。
「失礼します」
奥から、
作業着の男が出てきた。
「先生?」
「はい。
大和税理士事務所の一条です」
「ヤマゲン先生のとこやな」
男はタオルで手を拭きながら言った。
「松井です」
小さな事務机に向かい合う。
帳簿と通帳を広げる。
夏美は試算表を開いた。
「社長、
今期は売上が少し下がっていますね」
松井は肩をすくめた。
「まぁ、うちは零細やし」
一言。
「しゃあないですわ」
夏美は続ける。
「ただ、
原価率も上がっています」
「材料が高いんや」
松井は机を指で叩く。
「どうせうちみたいな小さいとこは、
値上げもできへんし」
そのときだった。
奥の台所から、
女性が出てきた。
「先生、こんにちは」
松井の妻だった。
「いつもお世話になってます」
湯のみを机に置きながら言う。
「うち、ほんま、もう、あきませんねん」
夏美は顔を上げた。
「主人は一生懸命やってくれてるんやけど」
一息つく。
「斜陽産業や」
そして、ぽつり。
「うちら、そのうち、
首くくらんとあかん」
夏美は思わず言った。
「そ、そんなこと……」
しかし松井は、
苦笑いした。
「先生」
「はい」
「どうせわし、
中卒やし」
帳簿を指で叩く。
「数字のこと、
よう分からんのですわ」
妻も横でうなずく。
「この人、
一生懸命やってるんです」
「でもなぁ」
一言。
「世の中、
うまいこといきませんわ」
夏美の中で、
何かが引っかかった。
「でも」
思わず言ってしまった。
「そんな泣き言ばかり言っても、
仕方がないじゃないですか」
松井が顔を上げた。
「……は?」
「売上も、原価も、
ちゃんと見直せば――」
松井が言った。
「先生」
低い声だった。
「大学、出てはるんやろ」
夏美は黙った。
「そんな偉い人にはな」
一言。
「わしらの悩みは分からへん」
妻も加勢する。
「こんなに苦労してるのに、
さらに国は税金を取るって、
おかしくありませんか」
「わたしら庶民は、
どうやって生きていけって
いうんですか」
先生に言っても
しゃーないやろ、
と、松井は妻をなだめる。
夏美は語気を強めて言った。
「だから、
きちんとお金が回るように、
一緒に取り組んでいきましょう」
「方法はあるはずです」
そんな夏美を嘲笑するかのように、
松井は言い捨てた。
「あかんもんは、あかんのですわ」
「仕事を取ることよりも、
首を吊る立派な太い木を探さんと」
「ほんまやわ。
あんた、上手いこと言うやん」
と、妻が掛け合い、
夫婦は笑い合う。
机の上に、
白々しくも、
重い沈黙が落ちた。
夏美は、
それ以上言葉が出なかった。
帰りの電車。
窓の外を見ながら、
夏美は鞄から
ノートを取り出した。
表紙には
社長ノート
と書いてある。
ページを開く。
ペンを走らせる。
ペンが止まる。
そして、
最後に書いた。
妖怪ナキゴト
ノートを閉じた。
電車が揺れる。
夏美は思う。
怒鳴る妖怪。
丸投げする妖怪。
1円にこだわる妖怪。
いろいろいた。
だが。
泣き言ばかり言う妖怪も、
なかなか手強い。
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