夏美は、
国道沿いの中古車販売店の前に立っていた。
赤いのぼり旗が風に揺れている。
看板には
オートショップ・ナカガワ
と書いてあった。
駐車場には、
中古車がずらりと並んでいる。
事務所のドアを開ける。
「失礼します」
中から声が返ってきた。
「おお、先生!」
奥の机から、
つなぎの作業服を着た、
大柄な男が立ち上がった。
「中川です」
「大和税理士事務所の一条です」
「ヤマゲン先生のとこの人やね」
中川は笑った。
「まぁ座ってください」
机の上には、
領収書の束。
夏美はノートパソコンを開いた。
「では今月の――」
「先生」
中川が言った。
「ちょっと相談があるんやけど」
「はい」
中川は一枚の領収書を差し出した。
金額は、458,000円。
「これ、経費にしといて」
夏美は見る。
「社長、これは……」
ペットショップの領収書。
「ペットを買われたのですか?」
「そうそう」
「トイプーちゃん、買いましてん」
「トイプードルですか?」
「あ、そやそや、これも」
中川は引き出しを開けた。
そこから、
数枚の領収書を出した。
全部、白紙だった。
「これな」
「居酒屋でもろた」
「好きな金額書けるで」
夏美は言葉を失った。
「これでな」
中川はペンを持つ。
「十万ぐらい書いとこか」
夏美は慌てて言った。
「社長、それはダメです」
「なんで?」
「それは架空経費になります」
中川は笑った。
「先生」
「はい」
「税理士ってな」
一言。
「税金下げるのが仕事やろ」
夏美は言った。
「違います」
中川は少し驚いた顔をした。
「え?」
「正しい申告をすることです」
中川は腕を組んだ。
「ヤマゲン先生はな」
「もっと柔らかい言い方するで」
夏美は答えた。
「分かりました、
うちの大和に相談させていただきます」
突然、中川が慌てた。
「なるほどな」
「ヤマゲン先生の、いうてたとおりや」
「ど、どういうことですか」
「いやいや、こっちの話や」
帰り道。
夕方の国道を歩く。
車の音が、
途切れない。
電車に乗る。
夏美は鞄からノートを出した。
表紙には
社長ノート
と書いてある。
ページを開く。
ペンを走らせる。
少し考える。
そして、
最後に書いた。
妖怪ムチャブリ
ノートを閉じた。
電車が揺れる。
夏美は思う。
怒鳴る妖怪。
丸投げする妖怪。
1円の妖怪。
泣き言の妖怪。
理想の妖怪。
そして――
無茶ばかりを言う妖怪。
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