連続税務小説 ヤマゲン 第20話「イチゴの違和感」
2026/01/20
契約を交わしてから、
初めての打ち合わせだった。
事務所のドアを開けた瞬間、
田中 恒一は、
ほんの一瞬、違和感を覚えた。
机の上に、
赤い箱が置いてある。
やけに、目立つ。
――イチゴポッキー。
「……それ」
思わず、口から出た。
「気になります?」
ヤマゲンは、
悪びれもせず、箱を手に取った。
「イチゴポッキーですわ」
田中は、
一瞬、言葉に詰まった。
税理士事務所。
顧問契約後、初回の打ち合わせ。
机の上の、イチゴ。
そして、
もう一つ。
視線を上げた瞬間、
田中は気づいた。
――ネクタイ。
よく見ないと分からない。
でも確かに、
小さなイチゴ柄。
「……あの」
田中は、
少し言いづらそうに言った。
「ネクタイも、
イチゴですよね?」
ヤマゲンは、
一瞬だけ間を置いてから、
にやっと笑った。
「よう気づきましたね」
ネクタイを、
指で軽くつまむ。
「これな、
わざとです」
「……わざと?」
「はい」
即答だった。
「税理士事務所ってな」
ヤマゲンは、
椅子に腰かけながら言う。
「入った瞬間、
肩に力入りすぎるんです」
「せやから」
イチゴポッキーの箱と、
ネクタイを、
交互に指す。
「最初に一個、
違和感置いとく」
田中は、
思わず笑いそうになるのを、
こらえた。
「お客さん側からしたら」
ヤマゲンは続ける。
「『イチゴ好きなん?』
『センスないん?』
どっちか思うでしょ」
「……正直、
思いました」
「でしょ」
満足そうにうなずく。
「その瞬間な」
声のトーンが、
少し落ちる。
「税理士=怖い
が、一段落ちるんです」
ヤマゲンは、
イチゴポッキーを一本取り、
田中の前に差し出した。
「どうぞ」
「……いただきます」
甘い。
思っていたより、
ずっと甘い。
そして、
肩の力が抜けた。
「ここからな」
ヤマゲンは、
ポッキーを机に置いた。
空気が、
はっきり変わる。
「契約した以上」
資料を開く。
「本音で行きます」
「遠慮、
いりません」
「数字、
全部出してもらいます」
売上。
原価。
人件費。
「“だいたい”は、
禁止です」
田中は、
小さく息をのんだ。
でも、
嫌な感じはしなかった。
「安心してください」
ヤマゲンは、
ネクタイのイチゴを
軽く叩く。
「緩めるところは緩める。
締めるところは締める」
「その切り替えのための
イチゴですわ」
田中は、
赤い箱とネクタイを見た。
さっきまで感じていた
違和感。
それが、
安心感に変わっている。
「ヤマゲンさん」
そう呼ぶと、
ヤマゲンは満足そうにうなずいた。
「ええですね」
「ほな、改めて」
資料を閉じる。
「顧問税理士・
大和源太郎として、
本気で行きます」
田中は、
もう一度、
イチゴポッキーをかじった。
甘い。
でも、
この先の話は、
きっと甘くない。
それが、
なぜかはっきり分かった。