固定資産の話から、三日。
ヤマゲンは、机の上に一枚の紙を広げた。
買掛金台帳。
「これに、
材料仕入先や外注先から届く請求金額を、
相手先別に、
毎月書いていくんや」
「で……今月末、いくらや?」
「……二百七十万です」
「預金残高は?」
「二百二十万」
五十万、足りない。
数字は冷たい。
だが、その向こうには人がいる。
鋼材屋。
工具商。
表面処理業者。
田中は、鋼材屋・山本商店の名前を見つめた。
創業当時からの付き合いだ。
材料が足りなくなれば、
夜でも持ってきてくれた。
支払が一日遅れただけで、
自分から頭を下げに行ったこともある。
受話器に手を伸ばす。
止まる。
引っ込める。
「どうした」
ヤマゲンの声は静かだ。
「……言いにくいです」
「払えんわけやない」
「でも、遅れる」
「その“でも”が重いんやろ」
図星だった。
逃げたいわけではない。
だが、関係が変わるかもしれない。
「逃げるな」
短い一言。
田中は、受話器を握った。
呼び出し音。
一回。
二回。
三回。
鼓動と重なる。
「もしもし、山本商店です」
いつもの声。
その“いつも”が、胸に刺さる。
「田中です」
喉が乾く。
「今月の支払の件ですが……」
言葉が詰まる。
言えば、借りができる。
それでも。
「五十万だけ、
来月初めまで、
待ってもらえませんか」
沈黙。
長い。
「田中さん」
山本の声が低い。
「今まで、ちゃんとしてくれてるからな」
「来月、必ずやで」
田中の肩から、力が抜けた。
電話を切る。
静寂。
軽くはない。
「忘れたらあかんで」
ヤマゲンが言う。
「待ってもらえたのは、
過去の積み重ねや」
「信用は、
一回で崩れることもある」
田中は、うなずく。
「ほな、次や」
「……次?」
「得意先の□□精密、
電話せぇ」
空気が変わる。
「いや……あそこは」
「忙しい言うてはるし……」
「アホか」
静かな叱責。
「買掛先には、
電話するのに」
「遅れてる売掛先には、
何もせんと、
ただ待っとるだけか」
ヤマゲンは売掛金台帳を叩いた。
「売掛金は、“お願い”やない」
「契約や」
「法的な権利や」
「払わんのは、相手の不履行や」
夏美が、静かに言う。
「払ってもらわないと、
田中さんも、
買掛先に払えないですよね」
「そや」
「守るためには、
守らせなあかん」
田中は、□□精密に電話を入れた。
「田中です」
「前からずっとお願いしてる、
入金遅れの売掛金の件ですが、
明日中に入金確認できなければ、
正式な請求手続きに入ります」
声が震える。
だが、引かない。
「内容証明も検討しています」
言い切った。
電話を切る。
深い沈黙。
「明日まで待って、
入らんかったら」
ヤマゲンが続ける。
「内容証明を書いたるから、
簡易裁判所内の郵便局に持ち込むんや」
「裁判所内……?」
「相手に届く消印がな、
“○○簡易裁判所内郵便局”になる」
「これ、知っとる人は少ない。
でも、効く」
夏美が小さくうなずく。
「本気度が伝わるんですね」
「そや」
「実際に裁判するかどうかは別や」
「でも、“覚悟”は見せる」
「それが社長の仕事や」
田中は、
売掛金台帳と、
買掛金台帳を見つめた。
流れは、預金。
信用は、売掛金。
時間は、固定資産。
そして――
その責任から逃げた瞬間、
田中は、確かな目で、
机の上の台帳をじっと見つめた。
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