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連続税務小説 ヤマゲン 第62話 「簿記」

2026/03/03
連続税務小説 ヤマゲン 第62話 「簿記」

 

 午後。

 

 事務所は静かだった。

 

 ヤマゲンは机で書類を見ている。

 

 夏美はその横で、試算表を眺めていた。

 

 田中の月次資料だった。

 

 売上。

 

 仕掛品。

 

 借入。

 

 資金繰り。

 

 ここ最近、頭の中で何度も整理している数字だ。

 

 ヤマゲンが言った。

 

「なっちゃん」

 

 夏美は顔を上げた。

 

「はい」

 

「簿記、受けてみい」

 

 夏美は少し驚いた。

 

「簿記ですか?」

 

「日商簿記や」

 

 ヤマゲンは言う。

 

「2級」

 

 夏美は少し考えた。

 

「2級……ですか」

 

 ヤマゲンは試算表を指で叩いた。

 

「ここに書いてあること」

 

「全部、簿記や」

 

 夏美は黙って聞いている。

 

 ヤマゲンは続けた。

 

「仕掛品」

 

「借入」

 

「資金繰り」

 

「銀行」

 

 一つずつ言う。

 

「全部」

 

 一言。

 

「簿記や」

 

 そして、少し声を落とした。

 

「なっちゃん」

 

「そろそろな」

 

「資産が増えた」

 

「負債が減った」

 

「収益が出た」

 

「費用が出た」

 

「そういう目で」

 

 試算表を軽く叩く。

 

「商売を見る練習した方がええ」

 

「それが」

 

 一言。

 

「複式簿記や」

 

 夏美はゆっくりうなずいた。




 その日の夜。

 

 夏美は自宅でパソコンを開いた。

 

 検索欄に入力する。

 

 日商簿記検定。

 

 画面に説明が並ぶ。

 

 3級。

 

 2級。

 

 1級。

 

 夏美は2級を開いた。

 

 工業簿記。

 

 材料。

 

 製造原価。

 

 仕掛品。

 

 見慣れない言葉が並んでいる。

 

「……難しそう」

 

 少し考えて、ページを戻る。

 

 3級。

 

 仕訳。

 

 帳簿。

 

 試算表。

 

 こちらの方が分かりやすそうだった。

 

「3級の方が、いいかも」




 翌日。

 

 事務所。

 

 夏美はヤマゲンに言った。

 

「先生」

 

「簿記、調べてみました」

 

「おう」

 

「2級って工業簿記が入るんですね」

 

「そや」

 

 夏美は少し笑った。

 

「3級の方が簡単そうです」

 

 ヤマゲンは顔を上げた。

 

「やめとき」

 

 夏美はきょとんとする。

 

「え?」

 

 ヤマゲンは椅子にもたれた。

 

「3級はな」

 

「実務的やない」

 

 夏美は首をかしげた。

 

「そうなんですか?」

 

 ヤマゲンは言う。

 

「全く役に立たん訳やない」

 

「せやけどな」

 

「なっちゃんには」

 

「逆に分かりづらい」

 

 夏美は黙って聞いている。

 

 ヤマゲンは続けた。

 

「3級は」

 

「教科書の世界や」

 

「仕訳」

 

「帳簿」

 

「試算表」

 

「そこまでや」

 

 そして言う。

 

「でも」

 

「現場はちゃう」

 

「借入」

 

「資金繰り」

 

「仕掛品」

 

「銀行」

 

 一つずつ言う。

 

「昨日までやっとった話や」

 

 夏美は思わずうなずいた。

 

 ヤマゲンは言った。

 

「2級はな」

 

「そこが出てくる」

 

 そして、

 

 一言。

 

「せやから」

 

「2級や」




 その日の帰り。

 

 夏美は駅前で足を止めた。

 

 本屋の明かりがついている。

 

 少し迷ってから、扉を押した。

 

 店の奥に、資格試験の棚があった。

 

 日商簿記。

 

 3級。

 

 2級。

 

 夏美は手を伸ばした。

 

 2級のテキスト。

 

 少し厚い。

 

 ぱらぱらとページをめくる。

 

 材料。

 

 製造原価。

 

 仕掛品。

 

 田中の工場で見てきた言葉だった。

 

 夏美は本を閉じた。

 

 そのまま、レジへ持っていく。

 

 店を出ると、夜の空気が少し冷たかった。

 

 本を抱えながら、夏美は歩き出した。

 

 会計は、

 

 まだ知らない言葉ばかりだ。

 

 だが、

 

 その言葉の向こうに、

 

 会社の姿がある。

 

 夏美はそれを、

 

 少しずつ


 知り始めていた。

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