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連続税務小説 ヤマゲン 第44話 「本当の修正申告」

2026/02/13
連続税務小説 ヤマゲン 第44話 「本当の修正申告」

 夜の工場は、

 昼よりも広く感じた。

 

 蛍光灯は落とされ、

 非常灯だけが、

 床に細長い影をつくっている。

 

 田中は、

 事務所の椅子に

 座ったままだった。

 

 妻は、

 向かいに立っている。

 

 逃げも、

 追いも、

 ない距離。

 

「これからの話、

 しよか」

 

 その言葉のあと、

 しばらく、

 何も起きなかった。

 

 話し合いというより、

 現実が、

 そこに座っているだけだった。

 

「……なあ」

 

 田中が、

 ようやく口を開いた。

 

「離婚とか、

 そういう話か」

 

 妻は、

 首を横に振らなかった。

 

 だが、

 縦にも振らない。

 

「うちはな」

 

 静かな声。

 

「今すぐ答え、

 出されへん」

 

 一歩、

 椅子に近づく。

 

「でも、

 ひとつだけ

 はっきりしてる」

 

 田中は、

 息を詰めた。

 

「これから先、

 同じことは、

 もう許されへん」

 

 責める口調ではなかった。

 

 裁く声でもない。

 

 ただ、

 条件だった。

 

「仕事の金を、

 遊びに使う」

 

「嘘をつく」

 

「それを、

 当たり前みたいに

 続ける」

 

 ひとつずつ、

 並べる。

 

「それが、

 続くんやったら」

 

 そこで、

 初めて視線が合う。

 

「うちは、

 ここにおられへん」

 

 田中は、

 うなずくことも、

 否定することもできず、

 ただ、

 目を伏せた。

 

 税務署員は、

 是認してくれた。

 

 経費の一部だけを否認し、

 重加算税も、

 つかなかった。

 

 形式上は、

 穏便な調査だった。

 

 だが、

 家庭内の是認基準は、

 はるかに厳しかった。

 

「ヤマゲン先生がな」

 

 妻が、

 ふと思い出したように言う。

 

「あの人、

 何も言わんかったやろ」

 

 田中は、

 小さくうなずく。

 

「わたしな…… 

 それが、一番、きつかったわ」

 

 沈黙。

 

 そして、妻は言った。

 

「先生はな、あんたを
 『経営者』として見てはった」


「あんたの立場を考えて、
 夫婦間のトラブルを
 招いたらアカンと思って、
 ヤマゲン先生は、
 黙って、
 スクラップ売上の漏れを、

 直してくれてはった」

「あんた、
 他人様に、
 迷惑をかけて、
 尻拭いをしてもらってること、
 ちゃんと、分かってるの?」

「情けないと思わへんの?」

「うっかり忘れたんやない。
 あんたは、
 わざと、抜いたんや。
 エエ年して、情けない……
 子どもやないんやで……」

 田中は、
 声を発することが出来ない。
 
 妻は、続けた。

「でも、うちは……」

「あんたのこと、
 『夫』として、見たかった」


「信じたかった」

 

「せやけど、
 あんたはどっちも裏切った……」

 

 田中の胸に、何かが落ちた。

 

 それは、

 追徴税額でも、

 加算税でもない。

 

 取り返しの

 つかない時間だった。

 


 一方その頃。

 

 事務所に戻った、

 ヤマゲンと夏美は、

 今日の調査記録を

 まとめていた。

 

 時計を見る。

 

 まだ、

 少し早い。

 

 ヤマゲンは、

 イチゴ柄のネクタイを
 緩めながら言った。

 

「なっちゃん」

 

「はい?」

 

「初めての
 税務調査立会で、

 疲れたやろ?」

 

 夏美は、

 少し照れたように笑う。

 

「……はい、めっちゃ疲れました」

 

「ほな」

 

「一杯、

 飲みに行こか」

 

 夏美は、

 少し驚く。

 

「あら、先生、珍しい……」


「いいんですか?」

 

「お祝いや」

 

「初陣やったからな」

 

 少し迷ってから、

 うなずく。

 

「……ありがとうございます」

 


 二人は、

 事務所を出た。

 

 夜風。

 

 駅前へ向かう道。

 

 歩く距離が、

 ちょうどよかった。

 

 赤ちょうちんが、

 見えてくる。

 

 炭の匂い。

 

 人の声。

 

 ヤマゲンが、

 立ち止まる。

 

「ここでええか?」

 

「はい……

 こういうお店、

 好きです」

 

 標準語に近い、

 柔らかい関西弁。

 

 夏美は、

 確か、

 東京の大学を

 出たんやったな……

 

 大阪出身でも、

 4年も東京暮らしをしたら、

 標準語っぽく

 なるもんや……

 

 そんなことを

 思いながら、

 

 暖簾をくぐる。

 

 カウンターだけの、

 小さな店。

 

 二人は、

 並んで腰を下ろした。

 

「とりあえず、

 生二つ」

 

 夏美は、

 慌てて言う。

 

「あ、先生、

 私はウーロン茶でいいです……」

 

「今日は、

 ええやろ」

 

「社会人の通過儀礼っちゅうやつや」

 

 一瞬、迷って。

 

「……じゃあ、一杯だけ」

 

 グラスが置かれる。

 

 軽く、当てる。

 

「お疲れさん」

 

「お疲れさまでした」

 

 一口。

  

「……はぁ、美味しい!」


 少し笑って、

「正直、すっごく緊張しました」

  

 串が置かれる。

 

 ねぎま。皮。

 

「でも……」

 声が少し小さくなる。

 

「奥さんの話、あれ……」

 

「私、あそこに居ていいのか、分からなくなって」

 

 ヤマゲンは、皮を一口。

 

「それでええ」

「え?」

 

「全部、平気で見れるようになったら」

 

「この仕事、続かへん」

 

 夏美は、静かにうなずく。

 

「おじさん、あの若い事務官……」

 ふと、そう呼んでしまった自分に、
 夏美は少し照れた。

 ヤマゲンは、何も言わず、
 皮をひとつ口に入れた。

 

「あの事務官、
 私と同じ、今日がデビューやのに、
 めっちゃしっかりしてて」

 

「それと比べたら、
 私、なにもできなかったです」

 

 ヤマゲンは、グラスを置く。

 

「悔しかったか?」

 

 夏美は、小さく笑う。

 

「……ちょっとだけ」

 

「その“ちょっと”が大切や」

 

「税務署は組織や。マニュアルがある」

 

「うちはない」

 

「せやから、現場で覚えるしかない」

 

 間。

 

「それにな」

 

「ワシらは、税金だけ見とるんやない」

 

「人を見とる」

 

「敬意を払えんかったら、ワシらも三流や」

 

 夏美は、真顔で聞いている。

 

「その意味では……」

 ヤマゲンが声を小さくする。


「今日来た調査官やけど、
 事務官は新米やから仕方ないとして、
 上席、あれは……まだ甘い」

 夏美が、
 驚いた顔をする。

「温厚で、
 紳士的な人だと、
 わたしは思ったけど……」

「ちゃう」
 即、ヤマゲンはジョッキを置いた。

「ええか、なっちゃん」

「税務調査に来て、
 夫婦仲を悪くさせるような、
 そんな調査の進め方を
 したらアカンのや」

「今日は、
 事務官の訓練も兼ねとった。
 ある程度、
 杓子定規にならざるを得んかったことも、
 分かる。」
 
「そやけどな、
 あれでは、
 事務官も後味悪いで」

「確かに、そうよね……」

「でも、悪いのは、
 ……田中さん、よね?」

 夏美の意見はもっともだ、
 と、ヤマゲンはうなずく。

「そう。
 でも、なっちゃん、
 これ、よう覚えておきや」
 
 夏美は、
 こくりとうなずく。

「税金はな」

 

「人と人をつなぐ力がある」

 

「せやけど」

 

「使い方間違えたら、
 切り離す力にもなる」


「これは、
 税務署だけやない」

「ワシら、
 税理士にも、
 同じことが言える」

 テレビの音が流れる。

 

 誰も見ていない。


「だからか……」

「どうした?」

「だから、
 おじさん、
 田中さんの立場を考えて、
 そして、奥さんにもそれがバレないように、
 スクラップ売上の漏れを
 そっと戻したのね」

 ヤマゲンは、
 何も言わない。

「でも、おじさん、
 いえ、先生、
 どうして分かったの?」

「スクラップの伝票とか、
 当然、田中さんは、
 隠していたか、
 捨てていたのよね?」

 ヤマゲンが、
 ふーっと息を吐く。

「奥さんや……」

「え?」

「奥さんがな、
 教えてくれたんや」

「そうなの?!」

「そや。
 奥さんが、
 田中さんの机の中を整理しとったら、
 スクラップの買取り伝票が、
 入っとったみたいでな」

「で、ワシに、
 どうしたらエエかって、
 相談してきたんや」

「奥さん、
 直接、主人に聞くのが怖いからって」

「しかも、
 仕事終わったあとに、
 接待やって言うて、
 飲みに行く回数が増えとったのも、
 奥さん、気になっとったみたいや」
 

「おじさん……」

 

「ん?」


「田中さん、大丈夫かな」

 

 ヤマゲンは、少しだけ笑った。

 

「気にせんでええ」


「ここまで来たら、
 夫婦ごとは、
 夫婦に任せる」

 

「……でも」

 

「ワシらの出番は、そこやない」

 

 夏美は、
 すっかりぬるくなったジョッキを、
 口にする。

 

 入口のガラス越しに、  

 赤ちょうちんが、
 揺れてにじむ。

 

 税務調査の夜は、
 こうして静かに更けていった。

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