金剛山から下りて、
数日後。
田中 恒一は、
工場の事務所にいた。
いつもの机。
いつもの機械音。
だが、
胸の奥だけが、
落ち着かなかった。
昼前。
スマートフォンが震えた。
麻里子からだった。
「……はい」
『田中さん』
『麻里子です』
田中は、
息を止めた。
『突然ですみません』
『改めて、どうしても』
『直接、
謝らせてください』
『お昼休みの時間で』
『ご都合、
いただけませんか』
短い沈黙。
田中は、
断らなかった。
「……分かった」
昼休み。
指定されたのは、
工場から少し離れた
小さな喫茶店だった。
田中が入ると、
すでに二人、
座っていた。
麻里子。
そして――
ママの薫。
麻里子は、
立ち上がると、
何も言わずに
深く頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
声は、
はっきりしていた。
「お金のことも」
「気持ちのことも」
「全部」
「裏切りました」
頭を上げない。
麻里子は、
下げたままの頭で、
すべてを打ち明けた。
麻里子は、
一切の言い訳も
しなかった。
田中は、
しばらく
何も言えなかった。
薫が、
姿勢を正した。
「田中さん」
「この件は」
「管理者として」
「私の責任です」
「突然、
この子が姿を消したことも」
「あなたに
多大な迷惑をかけたことも」
「心から」
「お詫びします」
田中は、
ゆっくり息を吐いた。
「……もうええです」
「正直」
「自分も」
「情けなかった」
「下心がなかった、
言うたら嘘になります」
麻里子が、
顔を上げた。
「でも」
田中は続けた。
「実は、おれも」
「今回の件で、
人の信頼を失う、
やったらあかんことを
やってしもうたんです」
麻里子と薫は、
静かに聞いていた。
「だから、
おれも、
単純に被害者、
って訳とはちゃう」
「加害者でも
あるんです」
「だから」
と、田中は続けた。
「とにかく、
もう、
水に流しましょう」
麻里子は、
もう一度、
深く頭を下げた。
「……ありがとうございました」
その言葉は、
許された喜びではなく、
区切りだった。
午後。
ヤマゲンの税理士事務所。
田中は、
すべてを話した。
300万円。
架空の修理代。
エクセルで作った請求書。
話し終えたあと、
田中は言った。
「ヤマゲンさん……」
「先生にだけは」
「やったらあかんことでした」
ヤマゲンは、
すぐには答えなかった。
イチゴポッキーを一本、
静かにかじる。
カリッ。
「田中さん」
「反省してるかどうかは」
「言葉やなくて」
「これからの帳簿で」
「見せてもらいます」
田中は、
深くうなずいた。
「もう」
「嘘はつきません」
「仕事も」
「会計も」
「全部、
正面からやります」
そのとき。
事務所の電話が鳴った。
夏美が出る。
「はい」
「大和税理士事務所です」
一瞬、
表情が変わった。
「……はい」
「少々、
お待ちください」
保留にし、
ヤマゲンを見る。
「源太郎おじさん」
「税務署です」
「調査って言ってます」
空気が、
張りつめた。
ヤマゲンは、
静かに受話器を取った。
「はい、大和です」
しばらくして、
受話器を置く。
「田中さん」
「今の電話、
事前通知の連絡です」
田中の顔が、
強張った。
「……人生、
初めてです」
「そら、
そうでしょ」
ヤマゲンは、
あっさり言った。
「でも」
「ちょうどええ」
夏美を見る。
「なっちゃん」
「今回の調査」
「一緒に立ち会うで」
「現場、
見なあかん」
夏美は、
一瞬驚き、
そして、
強くうなずいた。
その夜。
田中は、
ほとんど眠れなかった。
税務調査。
恐怖。
帳簿。
領収書。
全部、
頭の中を巡る。
そう言えば、
税務署からの電話の後、
ヤマゲンは、
田中にこう言った。
「税務調査は」
「裁判ちゃいます」
「怒鳴られる場でも」
「追い詰められる場でもない」
「見るんは」
「数字と」
「人です」
「正直に」
「分からんことは
分からん言う」
「それだけで」
「調査は」
「ちゃんと終わります」
(ほんまにちゃんと、
終わるんやろうか……)
逃げ切れない。
でも――
逃げたくはない。
それが、
この男にとって
初めての
“本当の決算”
だった。
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