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連続税務小説 ヤマゲン 第59話 「借入の正体」

2026/02/28
連続税務小説 ヤマゲン 第59話 「借入の正体」

 

 数日後の午後。

 

 田中が事務所を訪ねてきた。

 

 応接テーブルに腰を下ろすと、通帳を机の上に置いた。

 

「夏美先生」

 

 通帳を開く。

 

「この前の話なんですが」

 

 夏美は顔を上げた。

 

「黒字倒産の話ですか」

 

「ええ」

 

 田中は苦笑した。

 

「資金繰り表を見ていると、確かに怖いですね」

 

 一拍。

 

「黒字でも、お金は減る」

 

 夏美はうなずいた。

 

「はい」

 

 田中は通帳の一行を指で押さえた。

 

「特にこれです」

 

 借入返済の引き落としだった。

 

「結構な金額です」

 

「はい」

 

「毎月これだけ出ていく」

 

 少し間を置く。

 

「これって……経費ですよね?」

 

 夏美は一瞬、言葉を失った。

 

「え……」

 

 田中は続ける。

 

「借入返済です」

 

「お金は出ていきます」

 

「だから、経費ですよね?」

 

 夏美の頭の中で、会計の知識が一斉に動き出す。

 

 元本。

 

 利息。

 

 貸借対照表。

 

 だが、言葉がまとまらない。

 

「借入返済は、その……」

 

 資料をめくる。

 

「利息は経費ですが……」

 

 そこで止まった。

 

 田中は静かに待っている。

 

 その沈黙が、また少し焦りを呼ぶ。

 

「元本は……」

 

 言葉を探す。

 

「ええと……」

 

 うまく説明できない。

 

 夏美は小さく息を吐いた。

 

「すみません」

 

 正直に言った。

 

「うまく説明できません」

 

 田中は少し笑った。

 

「いえ」

 

 首を振る。

 

「実は私も、よく分からなくて」

 

 通帳を閉じる。

 

「黒字なのにお金が残らない理由」

 

 一拍。

 

「この借入返済も関係ありますよね?」

 

 夏美は小さくうなずいた。

 

「はい……あると思います」

 

 だが、どう説明すればいいのか。

 

 まだ、言葉にならなかった。




 そのときだった。

 

 奥の机で書類を見ていたヤマゲンが、顔を上げた。

 

「借入の話か」


 夏美が振り向く。

「先生……」

 ヤマゲンはゆっくり立ち上がり、応接テーブルの方へ歩いてきた。

 田中は軽く会釈する。

 

「お世話になります」

 

「どうも」

 

 ヤマゲンは椅子に腰を下ろした。

 

 通帳をちらりと見る。

 

「借入返済は経費か、っちゅう話やな」

 

 田中はうなずいた。

 

「はい」

 

 ヤマゲンは夏美の方を見る。

 

「借入ってな」

 

 一拍。

 

「借りたとき、売上になるか?」

 

 夏美は首を振った。

 

「……なりません」

 

「そやろ」

 

 ヤマゲンは言う。

 

「借りた金が売上になって税金かかったら」

 

「えらいこっちゃ」

 

 田中が小さく笑った。

 

 ヤマゲンは続ける。

 

「ほな、借入は何や?」

 

 夏美は答える。

 

「……負債です」

 

「そや」

 

 ヤマゲンは通帳を指で叩いた。

 

「借りたときはな」

 

「預金が増える」

 

「ほんで」

 

「借金も増える」

 

「会計で言うたら」

 

「預金の増加」

 

「長期借入金の増加や」

 

 夏美は黙って聞いていた。

 

 ヤマゲンは続ける。

 

「ほな返したらどうなる」

 

 夏美は少し考えた。

 

「……預金が減って」

 

「借入金も減ります」

 

「そや」

 

 ヤマゲンはうなずいた。

 

「借入返済はな」

 

 一言。

 

「経費やない」

 

「借金が減っとるだけや」

 

 田中はゆっくりうなずいた。

 

「なるほど」

 

 通帳を閉じる。

 

「そういうことですか」




 田中が帰ったあと、

 事務所は少し静かになった。

 

 夏美は机の上の通帳をもう一度見た。

 

 財布からお金が出ていく。

 

 それだけを見ると、

 ただ減っているように見える。

 

 だが、

 その裏では、

 借金も同じだけ減っている。

 

 そのことを、

 夏美はようやく

 言葉にできそうな気がしていた。

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