田中 恒一の財布は、ずっと一つだった。
独立する前から使っている、黒い革の長財布。
現金も、クレジットカードも、
仕事用も生活用も、全部そこに入っている。
「分けるの、面倒だしな」
それが、正直な理由だった。
この日も、午前中は工場で作業をし、
昼前に材料を買いに車を走らせた。
現金払い。
財布から、すっと札を出す。
午後、今度はスーパーに寄る。
夕飯の材料。
牛乳とパン。
同じ財布から、同じように支払う。
夜、家に戻り、通帳アプリを開く。
入金。
出金。
そこには、
仕事のお金と、生活のお金が、
何の区別もなく並んでいた。
「……どこからが、仕事だっけ」
自分でやっておきながら、
自分で分からなくなる。
会計ソフトに向かい、
今日の支出を思い出しながら入力する。
午前の材料費。
これは、間違いなく仕事。
昼のコンビニ。
弁当。
これは……?
工場で食べた。
でも、家でも食べる。
田中は、手を止めた。
財布が一つ。
通帳も一つ。
その状態で、
「これは仕事」「これは生活」
と切り分けるのは、
思っていた以上に、神経を使う。
「……俺、何を基準にやってるんだ?」
ふと、過去の自分を思い出す。
独立したばかりの頃。
お金が入るだけで嬉しかった。
通帳の残高が増える。
それだけで、やっていける気がした。
でも今は違う。
残高はある。
それなりに。
なのに、
「使っていいお金」と
「取っておくべきお金」
その区別が、つかない。
ある月、税金を払ったあと、
急に資金が足りなくなったことを思い出す。
「こんなに持ってたはずなのに……」
原因は、後になって分かった。
全部、同じ通帳に入っていたからだ。
生活で使っていいお金も、
税金のために残すべきお金も、
同じ“残高”として見ていた。
つまり。
自分のお金なのか、事業のお金なのか、
分からなくなっていた。
田中は、通帳の画面を閉じ、
深く息を吐いた。
「これ、どこかで線を引かないと……」
財布を見つめる。
長年使ってきた、慣れた重み。
でも、その便利さが、
今は少し、怖く感じられた。
そのとき、スマートフォンに通知が入る。
銀行からの案内だった。
「事業用口座の開設について」
偶然かもしれない。
でも、タイミングが良すぎた。
田中は、その画面を開いたまま、
しばらく動かなかった。
事業用の口座。
財布を分ける。
お金を分ける。
それは、
「面倒になる」
ことじゃない。
「見えるようになる」
ということだ。
何が残り、
何を守り、
何を使っていいのか。
田中は、画面を閉じる前に、
メモ帳を開き、
こう書いた。
「事業用口座、作る」
たった一行。
でも、それは、
今まで避けてきたことへの、
小さな一歩だった。
そして同時に、
頭の片隅に、
あの存在が、はっきりと浮かび始めていた。
――先生に、聞いてみるか。
まだ会っていない。
まだ話してもいない。
でも、
「一人で決めなくていいことがある」
そう思えるようになった自分に、
田中は少し驚いていた。
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